CALENDAR

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2019 >>

ARCHIVE

プロフィール
三代目
三代目写真
文具屋三代目

毎度ごひいきにありがとうございます。株式会社タカサキトミタの三代目、富田孝史と申します。昭和24年から群馬県高崎市あら町で商いをさせて頂いております。爺さん→親父→おいらと60年経った訳ですが、先代を見習うばかりでいつまで経っても「一丁前」になれません。試行錯誤、悪戦苦闘、弱肉強食?の日々ですが、お客様のあたたかいご支援頂き、昨日よりも今日、今日よりも明日が進歩するよう鋭意努力致しますので末永くよろしくお願い申し上げます。

職業
小さいな会社ですが、社長してます。

住まい
高崎市内、前橋と高崎の際に住んでます。

性別
多分、男性。でもおいらのお婆さんは、男らしかった。

誕生日
12月4日 いて座 辰年12月4日生まれの芸能人・有名人は芦屋小雁さん(75歳)、三浦浩一さん(55歳)、滝田洋二郎さん(53歳)、近江谷太郎さん(43歳)、与田剛さん(43歳)、永井真理子さん(42歳)、浅香唯さん(39歳)、中川家剛さん(38歳)、宮村優子さん(36歳)、タイラ・バンクスさん(35歳)、田村淳さん(35歳)、井口資仁さん(34歳)、井口忠仁さん(34歳)、草野大輔さん(32歳)、村上健志さん(28歳)、岸孝之さん(24歳)、ギャル曽根さん(23歳)、平井将生さん(21歳)、木下優樹菜さん(21歳)、がいます。

趣味特技
サーフィンとかスノボーとか書きたいけど違います。年齢とともに趣味も変化し最近はインドア系です。ローリングストーンズやエリッククラプトン、忌野清志郎の曲を聴きながら楡周平の文庫本を読みながら韓国から取寄せたキムチを食べながら麦焼酎をいただくこと。特技って特別な技術かな、それとも特盛上手な技士かな。しいて言えば、小学1年の担任から伝授された「マッチ棒の手品」

自分なりの最終章
火星を往復できるロケットや月まで行ける新幹線を作るのは多分無理なので、富田紙店から創業し富田文具になりタカサキトミタまできた現在の形に、少し自分なりのスパイスを加えて後世に受け継ぐことです。

おいらの今まで
高崎で生まれ、東京で学生生活を送り、大阪で社会人になる。高崎の18年間は、中学まで野球漬けの毎日。中学3年の時にスピードガンで125キロ、遠投で80m計測したのが唯一の自慢。高校3年間は、ファッションとバドミントンに熱中する。バドでは関東大会目前で失速して同僚に迷惑をかけた。あの時のラストセットは一生忘れない。方や、当時流行したファッション「テクノ」「デザイナーズ」「ブリティッシュトラッド」にがっつりハマリ、小生意気な奴だったと思う。でも部活の大会前に坊主頭になり、メンズビギを着て渋谷の文化屋雑貨店に行き東京人に白い目で見られたのを一生忘れない。そんな白い目で見ていた東京人に19歳の時になっていた。笑うわ。東京時代は、商人の家庭に育ったせいか商売っ気が湧き上がり、ほとんど学校に行かず、アルバイトに明け暮れた。昼間は、チョロQで有名な玩具メーカーの開発室で将来こんなモノがあったらいいな的な玩具を創造し1案1500円で開発の人に売っていた。夜は、曙橋、今はお台場にそびえ立つ某テレビ局の報道センターでフリップ作成をしていた。実はこの経験が今のおいらの原動力になっている気がしてならない。何しろ報道センター所属なのですべてが生(ナマ)。他の局にスッパ抜かれないように皆、殺気立っている。仮眠室で寝ていても事件事故が起きれば叩き起こされる。24時間戦えますかの源です。だだし、いいこともあった。職場が職場だけに、いわゆる芸能人、有名人がウヨウヨしていた。ここだけの話、生で見て一番綺麗だと感じたのは、○泉今日子だったな。あとは、マドンナ。この二名は別格でした。何しろ話したいこと沢山あるけれど、ピー音入れてもらわないと話せません。なんとか東京生活を卒業し、いざ就職となった。おいらとしては、ありがたくも上記2社からお誘いを頂いたので、当然お世話になるつもりだった。ところがどっこい、親父から呼び出し、東京での悪行三昧を叱咤され、いい加減目を覚ませこのバカモノが。てな具合。結局、大阪に本社のある皆さんご存知、文具の○クヨに就職。高崎生まれ東京慣れした若僧がいきなり関が原を渡って尾張の国も飛び越え、関西かよって感じでした。入社したはいいが、誰一人知り合いは居ない。何しろ会話が全部関西弁(当然)。入社2日目に、「いけねぇ」って普通に発したら、女子先輩社員に「アホか、この子」って言われたことは一生忘れない。この発言を機に、郷に入ればひろみ郷だと思い、死に物狂いで6ヶ月で関西弁を習得した。そこからは、根っからの商売人魂をフルに発揮。同期入社の誰よりも先に新規顧客を獲得したのは、言うまでもない。笑うわ。今でもその社長さんとは交流があります。日本一の文具メーカーに就職したのに退職するまでズゥ〜と家具インテリアの部署に所属。結局そこでの経験が現在の仕事につながっているのでしょうか。そして親父の病を機に、退職。タカサキトミタ入社、現在に至る。長く書きましたが、話せば3分で終わります。笑うわ。